『お内仏のお給仕と実践』 名古屋教区第20組「ご命日の集い」というご門徒さんの集いで 講師を務めた時の原稿です |
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お内仏のお給仕と云うと、お仏供を供えたり正信偈のお勤めをしたり普段の生活の一場面と考えられがちです。しかし、お給仕とは強いて云うならば私たちの生活そのものと言っても過言ではないでしょう。 朝、お内仏の扉を開いて、夕方扉を閉めるまで、日々の生活の中で如何にお念仏の生活が送られているか、如何に信心の生活を送らさせていただいているかを写す実践の場がお給仕そのものではないでしょうか。 正信偈は正しくは「正信念仏偈」といいます。ただ単にお念仏を称えるのではなく、正しく信じてお念仏を称えることが大切ですと教えて下さっています。お給仕においても、この「正しく」という事が一番大切な事柄なのです。 前卓(まえじょく)の中央には土香炉が置かれていますが、私たちはそれを「正中に置く」という言葉を使うことがあります。何気なしに真ん中に置くのではなく、「正しく」真ん中に置くことが重要なためにこのような言葉が使われてきたのではないでしょうか。 そもそも、お内仏とはお浄土を荘厳(しょうごん)したお相(すがた)であります。お浄土とは極めて清浄な世界であり、本来いろ・かたちのない真実の世界であります。そのお浄土を仮の方便としてあらわしたものがお内仏でありますので、お内仏は正しい荘厳がなされてなければならないのは勿論、ましては、ほこりがかかっていたり汚いお内仏であってはならないのです。 お寺では毎日のお掃除とは別に、月に一回ずつ総掃除と油掃除を行います。皆さんのお宅でも、命日やご法事の時などお勤めのあがる前などには、仏具を一度全部出してきれいにしていただくとよいでしょう。仏壇は、濡れた布などでく場合は、漆が傷んだり金箔が剥がれたりすることがありますので、金箔には触らず、柔らかい布に専用の汚れ落とし(植物油)をつけて拭く必要があります。平常は毛箒をかける程度でよいでしょう。報恩講やお盆など法要・年中行事の際にもお磨きも忘れずに準備をしていただきたいものです。ある時、お寺でお磨きをしてもらっている時「お磨き粉(研磨剤)をたくさん付けても綺麗になりません」と、息を乱して言われました。それは逆で、研磨剤はある程度に抑えて、磨いたら、最後の‘ふき取り‘を充分にしていただくと、あまり力を必要とせず綺麗になるはずです。 実際のお給仕につきましては、よくある質問事項を中心に説明していきたいと思います。 ・ 灯明は朝夕等勤行時に付けます。本来は1日中つけておくものです。しかし、火の元の心配がありますので、せめて朝夕等勤行時には付けるようにしていただきたいものです。 ・繰り出し等お位牌は用いません。法名は、お軸に表装して左右側面に掛けます。 ・写真等もお内仏の中には入れません。 ・お仏供は白飯の円筒形のものを、朝の勤行後あげ、正午さげます。 ・華瓶は浄水を供えるもので、水をきれいに保つために樒(しきみ)をさします。 ・打敷は平常用いず、年忌法要・報恩講・お盆お彼岸正月等に用います ・瓔珞は報恩講など重い法要に用います。 ・蝋燭の基本は朱色いかり型の和蝋、報恩講・祥月命日・年忌法要等に用います。普段の月命日には白蝋燭を代用してもよいでしょう。 ・金香炉は焼香用で、炭火をいれ、いただかず二回焼香します。 ・土香炉は燃香用で、お線香はおを立てずに寝かせて香をたきます。 お内仏の場合、お寺の本堂とは違い、正式にできない場合もあります。例えば、金香炉はとても小さく使えないものもあります。その場合、土香炉に線香をいれ焼香することもありますが、あくまで金香炉の代用として扱います。 たとえ正式でないとしても、子や孫はお父さんおじいさんのお給仕をしている姿を見て憶えていきますので、実はこれは本来こうするんだけど、こういう理由でこうしてるんだよ、と教えてあげることがお内仏・お仏壇のお給仕の相続をしていく良い機会になるだけでなく、お念仏の相続になればと思います。 お給仕の仕方はお内仏の大きさ・形によって家々のやり方があると思いますが、全てのお給仕の基本は、ご崇敬というところにあります。このご崇敬のこころがなけば、何も意味のなさないものであることを、まず、そのことを心得てお給仕をしていただきたいと思います。掃除をすることも、荘厳をすることも、あるいは正信偈のお勤めをあげることも全てお給仕の一環であると同時に、そのことが私たちの信仰生活そのものとなるのです。 |