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荘経(かざりぎょう)

 荘経は右から『大経上巻』『大経下巻』『観経』『小経』と置きます。『下巻』が一番大きく(太く)、『上巻』と『観経』は同じくらいの大きさで『小経』が一番小さい(細い)です。外陣から見ると山型になります。
 本来は荘りですので紐を解くことはありませんが、おもて表紙にお経の名前が書いてないものもあり、いちいち紐を解いて中を確認しなければ解らない程、『上巻』と『観経』が同じくらいなものもあります。
 お勤めで外陣に出仕して『下巻』が違う場所に並んでいたりすると、気になって気になって、お勤め中でも直しに行きたくなります。登壇した後、平常の荘厳に戻す時に入れ替わってしまうことが多いのですが。

経卓・経積卓


経卓(きょうじょく)
 「金箔押金具打ちの阿弥陀堂型は、本来、本山の阿弥陀堂の経卓を模したもので、これには御経のみをのせますが、黒塗りのものはそればかりではなく、外陣で和讃卓として使用することもあります。」
『真宗大谷派の荘厳全書』より



経積卓(きょうづみじょく)
 「いわゆる赤卓(あかしょく)といわれるもので、巻経を積み、余間や外陣に置いたり、その他、種々の行事に諸道具をのせたりする他用途な卓です。朱塗りで、金具打ち、桧垣といわれる狭間の中が紺と緑で極彩色されているのが特徴です。」
『真宗大谷派の荘厳全書』より


中啓について
 中啓(ちゅうけい)は、親骨の中ほどから曲がり外側へ反っていて、畳んで閉じた状態でも銀杏の葉のように半開きのかたちになっています。中程から啓(ひら)いているから中啓と言われるそうです。扇の一種ですが、有職扇として宮中の公卿や神社の神官、能楽や狂言、日本舞踊でも用いられています。能では役柄によって扇の種類が違うようです。
 大谷派では衣体を着ける時、法要に出仕する時に中啓を持ちます。真宗大谷派法規「法臈(ほうろう)法衣条例」というものがあって「施行条規」に第8種まであり、第2種から第7種までに用いられます。第1種は法服七条なので桧扇を持ち、第8種は間衣や教衣を着た場合なので小念珠を持ちます。

 一般的なものは親骨が赤で、裏表が金銀無地又は花鳥や松などの絵が画かれているものが多く用いられています。かたちは凡そ中ほどから啓いていると思いますが、その啓き方は大きく啓いているもの殆んど啓いていないものもたまに見かけますが特に規定はないようです。大きく啓いているものは立派にみえますが、啓いていないもの同様に見慣れていないせいか違和感があるのは私だけでしょうか。

 親骨の色ですが、赤色が最も多く用いられていますが、これも条例では規定がないようです。以前、お寺に白竹の中啓があったので別院で出仕する時に使っていましたが、よく「この中啓は何?」とか「使っていいの?」と質問されましたが、特に使っていけないとは言われませんでしたので一時期使ったこともあります。

 白竹の中啓は、以前ご門首が持たれていたことから、同じものを持っていてはご無礼だということで使用されないこともあったと聞きます。
 堂衆の方の話を聞いたところ、現在でも堂衆の方で使われている人はいないそうです。地方に行く時は持っていくこともあると聞きましたが、ご親修の時(ご門首が出仕される時)は持っていかないそうです。あくまで条例には規定がないので使ってもよいことはおっしゃっていました。
 現在は法要の記念品で配られるように特別使っていけないというものではないようですが、ご遠慮して使うことを控えられる方がいるのも確かです。

根菓餅
「根菓餅
百味(ひゃくみ)ともいい、慶事や葬式・中陰に際して備えられる盛り物をいいます。これを盛るためには供笥(くげ)を使わず、四方(しほう)にこれをのせます。四方とは、三宝(さんぼう)と同じもので、慶事には金濃(きんだめ)、葬式・中陰には銀濃(ぎんだめ)を使用します。」
 『浄土真宗入門テキスト3 真宗大谷派の行事と仏具』仁科和志著(法蔵館)


「花束(けそく)・根菓餅(こんかぺい)
 蓮如上人の時代には花束に明確な区別はなかったようです。つまり餅と菓物などが分けて盛られていたかどうかがわかりません。蓮如上人の時の花束は、十二合といわれ、餅一合・菓十一合という記録もありますが、にわかには信用できません。
 合の数え方が不明であるのですが、対で数えるとすれば「山科の常の葬所」で行われた葬儀ですので、やや数が多すぎるように思われます。
 現在では花束は一対で、盛り物として根菓餅を二対ないし三対置くようになっています。」
『真宗大谷派の荘厳全書』より


 「根菓餅」。「根果餅」とも書くことがありますが、果物類もおそなえする場合、一概に間違いでもないような気がします。
 慶事、葬儀・中陰に用いるとされ、寺院葬儀ではまだ目にしますが、日持ちするものではないので、中陰では省略されることもあるように思います。
 仏前結婚式にも使われるとされていますが、近年、紅白餅はよく見ますが根菓餅をお供えしているといったことは聞かないように思います。
 「根菓餅」について資料は少なく、真宗独自のお供えの一種といってよいのでしょうか。
 ちなみに「根菓餅」は『広辞苑』をはじめ、どの「仏教辞典」「仏教語辞典」にものっていないようです?

キン台
 「キン台に関しては、経キン・平キンを問わず、制約があるわけではありませんが、キンの大きさに合ったものを選ぶのがよいでしょう。
 キン台がなぜこのような形をしているかといいますと、古来、キンは礼盤の畳の上に置かれており、それが外陣に降りても旧の形を保持するため、礼盤と似た形の台がしつらえられたという説があります。」
『真宗大谷派の荘厳全書』より


 その当時御堂形式や礼盤がどのような形をしていたか分かりませんが、礼盤の畳の上に置かれていたということは、今では想像できません。
 向畳に小さいケイを置くことは今でもあるそうですが、礼盤畳にキンを置くスペースがあったのでしょうか。

 現在は内陣で平キンや経キンを打つことはありません。





















 

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